日清紡グループの財務戦略

塚谷 修示

取締役執行役員
経営戦略センター 副センター長
塚谷 修示

強い覚悟を持って
事業ポートフォリオ変革を推し進め
新中計の目標達成につなげていく

財務戦略の基本方針

日清紡グループの基本的な財務戦略は、中長期的な投資とリスクに備え、財務健全性を維持しながら収益性や効率性を重視した経営を推進していくことです。当社グループは、「環境」を軸として多様な事業を展開していますが、事業活動を通じて社会に貢献することを使命とし、事業の組み替えを続けてきました。これからもその使命を果たしながら、事業ポートフォリオの変革を通して、さらなる成長を目指していきます。

「中期経営計画2026」を策定

2024年2月、当社グループは「中期経営計画2026」を公表しました。この新中計で肝となるのが、事業ポートフォリオ変革の推進です。今回の中計の中でも、無線・通信事業とマイクロデバイス事業をポートフォリオの主軸にするという当社グループの方向性を鮮明にしました。

今後の3年間は、CFOの責務として、無線・通信事業、マイクロデバイス事業といった注力領域への積極的な投資を実行するのと同時に、ノンコア領域については、日清紡グループの企業理念との整合性や成長性、事業収益性、資本収益性、業界における競争力などの観点で事業を見極め、経営資源配分の最適化を進めていきます。2023年度のグループ全体のWACC(加重平均資本コスト)は5.7%と見ています。事業別でのROICも算出しており、今後、各事業のWACCと照らして、事業の見極めを進めていきます。

特に2024年に入って、国内の金利も底離れしてきました。将来的にさらなる金利コストの上昇も予測される中で、それ以上にビジネスでの利益水準を高めていかなければ、成長投資を見据えた資金調達等の財務面でも負けてしまいかねないとの危機感があります。そうした意味でも事業ポートフォリオの変革を推し進め、事業の収益性を高めていくことが肝要です。

キャピタルアロケーション

財務方針として、資本効率の最適化と戦略的な資金調達を可能とする財務健全性の両立を図ることを重視しています。資本効率の向上にあたっては保有資産の圧縮を計画的に進めていきます。営業キャッシュフローに加えて、資産売却によって得られた資金を、当社グループが目指す事業ポートフォリオ実現のため、注力領域へ積極的に投資していくと同時に株主還元の充実を図ります。

具体的には、新中計の3年間で、累積の営業キャッシュフローと資産売却で約2900億円のキャッシュを創出することを前提に、そのうちの約1900億円を設備投資と研究開発費に、約400億円を注力領域での戦略投資に振り向ける予定です。この二つを合わせた約2300億円の約7割が、注力領域への投資となるイメージです。

一方で、株主還元に関しては、2026年度にかけて配当性向40%を目指し、約300億円を振り向ける計画です。2023年度の年間配当金は1株当たり36円でした。今後はその水準を維持し、配当性向40%を目標に増配を検討していきます。

残りのキャッシュの約300億円は、有利子負債残高の削減に充当します。D/Eレシオ0.7倍以下を一つの目指すべき資本構成の目安に置いています。

PBR向上に向けて

当社グループのPBRは、現時点では1倍に達しておらず、株式市場の期待に応えられていない状況が続いています。PBR向上のためには、まず利益率を高め、そのうえで持続的成長を果たしていく必要があります。そのためには、既存事業の利益向上に努める一方で、M&A,事業譲渡といった手法も駆使しながら事業ポートフォリオの変革を進め、ビジネスモデルの転換により収益性の向上を図っていかなければなりません。

事業ポートフォリオ変革の推進

今後のポートフォリオ変革を進めていく上では、ROICが重要な指標になります。ROICがWACCを下回る事業については、改善の見通しが立たなければ抜本的な措置を講じねばならないでしょう。2024年からは毎月の取締役会でも事業の見極めに関する議論をより一層深め、将来しっかりと業績を挙げていけるのかを検証していく予定です。

具体的に対象となるのは、マテリアル領域としてまとめたブレーキ、精密機器、化学品、繊維です。伸長する領域と縮小、撤退する領域を見極める上では、注力領域である無線・通信、マイクロデバイスとのシナジーが創出できるかどうかも一つのポイントになると思います。

マテリアル領域の各事業計画を素直にDCFなどで評価すれば、それなりの企業価値は出てきます。しかし、それら企業価値を全部足し算した数値が、日清紡ホールディングス連結の株価には反映されていません。何かがディスカウントされてしまっているのが現状です。

PBRの向上や、企業価値の適正評価に向けては、やはり利益率の改善が不可欠です。そのためにも、利益率の下押し要因となっている事業をグループ内にいつまでも温存していてはいけないと、強い危機感で事業ポートフォリオ変革に臨みます。厳しい状況にある事業部に対して覚悟を迫ることが自身の責務と捉え、強い思いで進めていきます。

一方で、注力領域となる無線・通信事業においては、特にソリューション・特機のビジネスでの成長を期待しています。ソリューションはダムや河川管理・防災分野などの社会インフラ事業で、特機は防衛省向けのビジネスです。ともに官需ビジネスで、日本無線(株)と先般グループ会社に加わった(株)日立国際電気双方が得意としています。新中計にはまずは1+1が2になる姿しか織り込んでいませんが、今後、相互の技術や顧客基盤などの融合を進めることで、新たな価値を創出できるものと期待しています。

利益改善に向けて

当面、足元の利益を改善し、資産を縮減していくための喫緊課題が、徹底した在庫管理です。事業用在庫の流動化を図っていかなければなりません。私は「適正在庫」という言葉が大嫌いです。それは「適正」という抽象的な表現によって、購買、出荷、製造などの現場に甘えが生じることを危惧しているからです。そのため、社内では常に口を酸っぱくして戒めています。今後3年かけて、当社グループは約200億円強の在庫を従前の水準に戻し、資産の回転効率を向上させていかなければなりません。しかし、本当に重要なことは、目の前の在庫の削減だけでとどまらないことです。半導体などの装置産業や、港に拠点を持ち提案営業をしていくマリンビジネスなど、在庫が商売のビジネスもグループ内にはありますが、やはり徹底した在庫管理と同時に、トップラインを伸ばしていくことも重要になります。

そして、こうした意識は中計全体の数値目標にも同じことが言えます。一度出した数値目標は、よほどのことがない限り必達との強い意志を持ち続けることが重要だと思います。その意味で、新中計で公表した経営数値目標、中でも営業利益380億円は必達との思いで進めていきます。

非財務指標の開示充実

非財務指標に関しては、3年前に気候関連財務情報開示の充実に向けて私自身がTCFDのフレームワークに沿った開示プロジェクトの旗ふり役を担いました。これまでの3年間で、すべてのセグメントについて、将来シナリオに基づくリスク・機会の分析が進み、2035年までにCO2排出量を2014年比で半減させ、2050年までのネット・ゼロ目標を進めています。次は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)への対応も進めます。それぞれの事業部にとっては2巡目となりますが、今度は自然資本を軸にスタートさせていきます。私たちの使命からして環境に負荷をかけないよう努めることは当然であり、環境を1つのビジネスの判断軸にしていきます。TCFDやTNFDなどの情報開示も拡充しながら、サステナビリティの取り組みをこれまで以上に加速させていきます。