日清紡グループの財務戦略

塚谷 修示
取締役執行役員
経営戦略センター 財経・情報室長
塚谷 修示
2023年6月

ROICの着実な浸透により
資産効率の改善を図る

財務戦略の基本方針

日清紡グループでは、中長期的な投資とリスクに備え、財務健全性を維持しながら収益性や効率性を重視した経営を推進しています。多様な事業を展開する当社ですが、「事業を通じて社会に貢献する」ことを使命として、従来の事業に固執することなく、事業ポートフォリオの変革を通してさらなる成長を目指しています。事業や資産内容を変えていくことなくしてはグループの発展はありません。

事業ポートフォリオ改革を進めるにあたっては、ROIC(投下資本利益率)を重要な社内管理指標として導入しています。当社ではWACC(加重平均資本コスト)を6%と置いており、まずはグループ全体の平均値としてROIC8%を目指し、さらなる向上を図っていきます。ROICを導入してから数年が経過しましたので、今後は事業のテコ入れや継続性の判断基準の一つとして活用していきます。現状は収益性の改善が課題です。ROICの改善傾向が見られない事業については、事業戦略の見直しを含めた見極めが必要と考えています。

ROICの取組み以前より、全社的なカイゼン活動や原価管理活動、さらには事業単位や個別製品単位といったあらゆる階層での見切りと見極めを進めています。その方針に沿って海外拠点の集約や整理も実施してきました。2020年からはROICツリーの展開を加えることで、社員一人ひとりが取り組むべき課題の明確化や、営業キャッシュ・フロー創出に向けた意識付けを強化しています。ROICを本格的に導入することで、事業評価を精緻化することを目論んでいます。当社はこれまでオーガニック・グロースに加え、無線・通信やマイクロデバイスといった主要セグメントでは、積極的にM&Aを実施し成長事業として取り込んできました。2023年5月には(株)日立国際電気の株式取得について発表しています。取得対価の総額は370億円程度になる見通しで、資金は銀行借入により調達する方針です。この借入によってもEBITDA/有利子負債倍率は前年並みの0.28倍程度を維持できる見込みです。現時点(2023年6月30日)では株式譲渡契約のクロージングを迎えておらず、独占禁止法への配慮から対象会社との対話が制限されていますが、クロージング後には本M&Aの効果発現、シナジー追及に関して対象会社ともしっかりと議論してまいります。

また東京証券取引所から「PBR1倍割れ」に関して改善要請が出ていますが、拙速にならないよう事業計画をしっかり精査し開示に向けた準備を進めています。PBRの改善に向けて、事業計画を明示して市場の信認を得ること、連結資産のスリム化を図ること、サステナビリティ経営の推進等を意識していきたいと考えます。特にサステナビリティ経営は、エクイティ・スプレッドやエンタープライズ・スプレッドを改善する含意があります。レジリエンスを高める経営が、WACC6%と置いたハードルレートを中長期的に低下させることを考えています。

資源配分と成長投資

グループ全体の運転資金や成長投資等の必要資金については、主として営業キャッシュ・フローを財源としていますが、必要に応じて有利子負債を効果的に活用し資本効率の向上を図っています。

資源配分にあたっては、無線・通信のようなアセットライトな事業への投資を意識しています。無線・通信で展開するソリューション事業やマリンシステム事業は、初期投資が低い組立産業に属し、システムや人財への投資が主となります。「モノ」を売り切るビジネスから、モノづくりで極めた技術や製品を活用して、DXやIoTと融合させながらサービス事業を展開する方向へ舵を切っていくことで、グループ全体としてアセットライトな方向へ導いていきます。初期投資が比較的重い半導体やブレーキ摩擦材は、それが参入障壁となり事業の安定性には寄与しますが、資産効率の点では不利になりがちです。将来的にキャッシュを安定して生み続けるかが判断軸となり、10年程度の投資回収期間(減価償却期間)を収益性向上でいかに短縮できるかが鍵になってきます。資産効率の上昇は、自ずと調達側にある株主資本のスリム化に波及します。収益性を高めつつ、株主資本のスリム化によってもROEの向上を目指したいと考えます。

気候変動対応

当社グループは企業理念に「挑戦と変革。地球と人びとの未来を創る」を掲げています。気候変動が地球と人びとにとって大きな脅威の一つとなっている現在、気候変動による事業機会の取り込みおよびリスクへの適切な対応は重要な経営課題になっています。その対策の一環として、当社グループでは2021年度よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に準じた気候変動シナリオ分析を開始し、2022年度までで売上の9割以上を占めるセグメントでの分析を完了しました。シナリオ分析によって、気候変動がもたらすリスクと機会を、各事業部が自身の課題として認識し、対応策に着手し始めています。

当社グループは、「モビリティ」「インフラストラクチャー&セーフティ」「ライフ&ヘルスケア」の3つの分野を戦略的事業領域と定めて活動していますが、その各々に気候変動に対する取組みを定義できます。製造業として製造工程に関わる温室効果ガスの排出削減に努めなければなりませんし、その生み出す製品が温室効果ガス排出削減に役立つ社会要求に応えねばなりません。あるいは、地球温暖化によって引き起こされる気候変動の激甚化から人々の安全や財産を守るシステム技術を世に送り出す責務があります。例えば、当社グループは気象レーダーや防災システムを手掛けています。気候変動の激甚化で想定される未来では、気象レーダーで線状降水帯やゲリラ豪雨の発生をいち早く予測し、防災システムに中継します。防災システムも5GやIoTの技術を活用することで、よりパーソナライズされたきめ細やかな避難情報を提供する未来図が描けます。そのために足りないソフトウェア技術等については積極的にリソースを配分すべきだと考えています。

株主還元

日清紡グループは、収益性や効率性を重視した経営を推進し、株主価値の持続的な向上を目指しています。研究開発、設備増強、MAなどの成長投資を実施し、「環境・エネルギーカンパニー」グループとして、ステークホルダーの皆様から一層評価され信頼頂ける企業を目指してまいります。業績向上に裏打ちされた株価上昇が、ひとつの株主還元の在り方として意識しなければならない重要な点です。

その上で、配当については中間配当および期末配当の年2回配当を基本とし、連結配当性向30%程度を目安に、安定的かつ継続的な配当を行う方針です。さらに、今後の成長戦略遂行に要する内部留保を十分確保できた場合には、安定性や自己資本配当率(DOE)にも配慮したうえで、自社株買い入れ等も含めた積極的な株主への利益還元を検討いたします。

 こうした方針に基づき、2022年12月期は年間4円の増配(1株当たり34円の配当)と100億円の自己株式取得を実施しました。2023年12月期についても、業績予想に基づいて年間2円の増配(1株当たり36円)を実施する予定です。