TCFD対応の概要
気候変動は、国・地域を超えて地球規模の課題であり、温室効果ガスの削減は世界共通の長期目標となっています。日清紡グループでは、気候変動による事業機会の取り込みおよびリスクへの適切な対応を行うことが重要と考え、2021年度より、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に準じた気候変動シナリオ分析を実施しています。また、2022年6月にTCFD提言への賛同を表明しました。
当社グループでは、気候変動シナリオ分析を通して、気候変動が将来、当社グループに及ぼすリスクや機会を特定し、事業戦略の策定に活かすことで、より柔軟で堅牢な戦略を立案し、将来のリスクに対するレジリエンスを高めていきます。
TCFD開示項目
ガバナンス
日清紡グループでは、下図のとおり、気候変動に関するリスク・機会に適切に対応するための仕組みを整備し運営しています。「リスク」を持続的成長のための「機会」とするべく、さまざまな事業環境の変化を定常的に把握・分析し、グループ企業理念から導かれた事業方針のもと、「環境・エネルギーカンパニー」グループとして社会に貢献することで、新たな成長機会を創出しています。また、気候関連課題の責任は社長、執行役員で構成される経営戦略会議などの会議体が負い、取締役会に報告を行っており、取締役会では報告された気候関連課題への対応について議論するとともに、目標とその進捗状況を監督しています。
ガバナンス体制図

戦略
概要
日清紡グループは事業が多岐にわたるため、2021年度から段階的に気候変動シナリオ分析を実施し、2023年度において当社グループの主要事業の分析が完了※ しました。2021年度はリスク・機会のインパクトが大きいと想定される事業として、無線・通信事業におけるソリューション事業、ブレーキ事業、化学品事業を対象に、2022年度は無線・通信事業におけるマリン/ICT・メカトロニクス/モビリティ事業、マイクロデバイス事業、精密機器事業、繊維事業を対象とすることで、生産活動を伴う主要事業での分析を実施しました。2023年度は、無線・通信事業における医用機器事業、不動産事業、その他事業のほか、新規事業開発部門における取り組みも対象としました。使用した気候変動シナリオは、温暖化が進行する世界(温暖化進行シナリオ、2.5~4℃シナリオ)と、温暖化が抑制され積極的な移行が進む世界(脱炭素シナリオ、1.5~2℃シナリオ)という2つのシナリオに対し、以下のステップで気候変動シナリオ分析を実施しました。
※ 2023年12月に子会社化した日立国際電気を除く

1. リスク重要度評価
シナリオ分析の第1ステップとして、TCFD最終報告書や業界などに関連する外部文献を参考に、対象とした事業それぞれについて、重要なリスクと機会を洗い出しました。気候変動の影響は中長期的に顕在化する可能性を有することから、短期のみならず、2050年までの中長期の時間軸で、リスクと機会を「大」「中」「小」で定性的に評価しました。その結果、特に事業の存続や新規事業の創出に関わる重要度の高いリスク・機会を、下表のように抽出しました。
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リスク タイプ |
評価項目 | リスク | 機会 | |
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大分類 | 小分類 | |||
移行 リスク |
政策/規制 | 炭素価格と炭素税 |
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業界/市場 | エネルギーミックスの変化 |
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顧客・市場の変化 |
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低炭素・省エネ技術の普及 |
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物理的リスク | 慢性 | 平均気温上昇/降水・気象パターンの変化 |
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急性 | 異常気象の激甚化 |
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2. シナリオ群の定義
日清紡グループでは、2050年を時間軸とし、温暖化進行・脱炭素シナリオにおける気候関連リスク・機会を分析しました。分析にあたり、以下に示す文献などを参照しています。
International Energy Agency (IEA) | Intergovernmental Panel on Climate Change(IPCC) | |
---|---|---|
温暖化進行シナリオ | ・Stated Policies Scenario (STEPS) ・Reference Technology Scenario (RTS) |
・RCP8.5 |
脱炭素シナリオ | ・Net-Zero Emissions Scenario (NZE) ・Sustainable Development Scenario (SDS) |
・RCP2.6またはRCP4.5 |
※ IEAのシナリオなどに関しては、各事業の分析時点における最新データを利用しており、条件などに若干の差異があるケースがあります。

※ IPCC第5次評価報告書より日清紡ホールディングス(株)が作成
温暖化進行シナリオと脱炭素シナリオにおいて、世界観を整理しました。
温暖化進行シナリオでは、一部の拠点における浸水被害などの影響が出る一方、気温上昇に伴う対策製品・サービスの販売機会の拡大や防災関連の製品・サービス需要の高まりが予測されます。
脱炭素シナリオでは、各国の排出削減目標の強化や高額な炭素税の導入が行われる一方、EV/再生可能エネルギーを中心とした脱炭素関連製品・環境配慮型製品などの需要増加が想定されます。それぞれ以下のようなイメージとなります。


※1 xEV︓Electric Vehicle(電気自動車)の総称
※2 ZEB/ZEH︓Net Zero Energy Building / Net Zero Energy House の略称
3. 事業インパクト評価
シナリオ分析では、事業別に財務インパクトを評価しました。
日清紡グループ全体への影響について、シナリオ別の総括は次のとおりです。
- ・温暖化進行シナリオにおいては、保険適用により影響は最小化されているものの洪水による物的損傷などのコスト増の対応が一定必要となる一方、EV・新エネルギー車・スマートモビリティ・燃料電池関連製品やブレーキ用摩擦材の売上増加などが見込まれます。
- ・脱炭素シナリオにおいては、炭素税コストの低減に向けた対応が課題となる一方、温暖化進行シナリオに比べより一層EV・新エネルギー車・スマートモビリティ・燃料電池関連製品の売上増加が見込まれるほか、ZEB/ZEHの普及による断熱材の売上増加など、脱炭素関連製品・環境配慮型製品などの機会が拡大することが見込まれます。
- ・両シナリオにおいて、新規事業開発部門では、水素インフラの普及を背景とした燃料電池関連製品の販売機会増加など、潜在している大きな機会が見込まれます。
事業部門毎のインパクト評価の結果は次のとおりです。
無線・通信事業のソリューション事業においては、規模感に差はあるものの、いずれのシナリオにおいても洪水などによる自然災害の被害増加に伴い、防災関連の製品・サービスへの需要拡大が見込まれます。マリン/ICT・メカトロニクス/モビリティ事業においては、規模感に差はあるものの、両シナリオにてEV・船舶関連製品の需要拡大が見込まれます。医用機器事業においては、温暖化シナリオにおいて、気候変動に伴う疾病変化に対応した製品の需要拡大が見込まれます。加えて、両シナリオにおいて遠隔医療などに対応した製品・サービスの開発が大きな機会をもたらすと期待されます。
マイクロデバイス事業においては、両シナリオにてEV関連製品の需要拡大と洪水被害に伴う水位計センサの需要取り込みへの対応が期待されます。加えて、脱炭素シナリオでは、炭素税コストの低減に向けた対応が今後重要な課題になります。
ブレーキ事業においては、どちらのシナリオにおいても、自動車需要の増加に伴いブレーキ組付け用摩擦材の需要拡大が期待されますが、脱炭素シナリオでは、EVの普及による摩擦材の長寿命化によってブレーキ交換用摩擦材の需要増が限定的となることが見込まれます。加えて、将来の炭素税コストの高まりが利益の減少要因となるリスクも含んでおり、脱炭素関連の対応が今後重要な課題になります。
精密機器事業においては、両シナリオにおいて、風力発電関連部品とCFRP※ 素材用工作機械の需要増加が期待されます。加えて、脱炭素シナリオでは、炭素税コストの低減に向けた対応が求められます。
化学品事業においては、いずれのシナリオにおいても燃料電池の普及によりセパレータの売上増加が潜在的に大きな機会をもたらすと期待されます。加えて、脱炭素シナリオでは、ZEB/ZEHの普及が建材用断熱材の需要を増やし、バイオプラスチックの需要拡大に伴って添加剤の需要を高め、低温乾燥塗料の利用拡大によって架橋剤の需要も拡大することが期待されます。
繊維事業においては、脱炭素シナリオでは炭素税の影響が大きいため、脱炭素への対策が求められる一方、環境配慮型製品の需要拡大が期待され、産業用資材や環境志向のアパレル向け需要の取り込みが求められます。
不動産事業においては、両シナリオにおいて洪水による賃貸物件などの物的損傷は限定的です。また、脱炭素シナリオにおいて環境配慮型物件の賃料上昇が期待されます。
その他事業においては、両シナリオにおいて小麦・油脂の原材料コストが増加するものの、販売戦略の変更により影響は限定的であるほか、冷凍食品や代替肉の環境配慮型製品の需要増加が見込まれます。
新規事業開発部門においては、いずれのシナリオにおいても水素インフラの普及を背景とした燃料電池関連製品の販売機会の増加が潜在的に大きな機会をもたらすと期待され、需要の取り込みが求められます。
※ CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics):炭素繊維強化プラスチック
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分類 | 評価項目 | 影響の大きさ※1 | |
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温暖化進行 | 脱炭素 | ||
炭素価格と炭素税 |
炭素課税によるサプライヤーからの原料調達コストや工場での製造コスト増加
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エネルギーミックスの変化 |
都市ガス/原油/電力価格の変動によるエネルギーコストの増加
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顧客・市場の変化 |
モーダルシフトに伴う海運の需要拡大による船舶関連製品の売上増加
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納入先からのGHG削減要請対応に伴うエネルギーコストの増加
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自動車の需要変化によるブレーキ用摩擦材の売上増加
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ZEB/ZEHの普及による断熱材の売上増加
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低温乾燥塗料の需要増加に伴う架橋剤の売上増加
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GHG削減取り組み企業増加によるCFRP素材用工作機械の売上増加
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その他の環境志向や環境配慮型製品・サービスの売上拡大 (環境志向のアパレル向け製品・環境配慮型産業資材・食品ロス削減につながる冷凍食品・代替肉の売上増加、ZEBやエネルギー認証を取得した物件の賃料上昇など)
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低炭素・省エネ技術の普及 |
EV・新エネルギー車・スマートモビリティ・燃料電池関連製品の売上増加
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省エネ対応のGaNパワー半導体・電子デバイス関連製品の売上増加
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風力発電関連部品の売上増加
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ICE車需要変化に伴う関連部品売上増加
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水素インフラの普及を背景とした燃料電池関連製品の販売機会の増加
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平均気温の上昇/降水・気象パターンの変化 |
洪水リスクの増加による防災製品・サービスの売上増加
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夏季空調使用頻度の高まりによる、エアコン部品の売上増加
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原綿(綿花)の価格低下による製品コストの減少
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小麦・アブラヤシ実の収量減少による仕入価格コストの高騰による利益の減少・販売戦略の変更による利益の増加
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暑さ対策関連衣料の売上増加
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気候変動に伴う長期的な疾病構造の変化や医療アクセスの向上に対応した製品・サービスの販売機会の拡大
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異常気象の激甚化 |
洪水による物的損傷・休業損失の発生に伴うコスト増加
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※1 | 影響の大きさ | : |
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影響の大きさの範囲 | : |
10億円未満:
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(現状想定される対応策考慮後の影響の大きさを記載) | |||
※2 | 新規事業開発部門の影響の大きさについては、今後のビジネス展開や利用している情報・データの不確実性などにより規模感が変動する可能性があります。 | ||
※3 | 医用機器事業の影響の大きさについては、気候変動に伴い増加する疾病の分析装置、遠隔医療・医療ビッグデータ関連の製品・サービスを対象としておりますが、今後のビジネス展開や利用している情報・データの不確実性などにより規模感が変動する可能性があります。 |
4. 対応策の定義
シナリオ分析の結果を受けて、今後は、全事業において温室効果ガス排出に係るリスクを最小化しつつ、中長期的には各事業の製品・サービスに関する顕在的・潜在的な機会の取り込みに注力していきます。日清紡グループは2023年度に主要事業のシナリオ分析を完了していますが、今後も事業環境の変化を踏まえ、適宜内容の見直しを図っていきます。
事業 | 事業影響の概要 | 対応の方向性 |
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事業共通 |
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リスク管理
日清紡グループは、事業遂行上の経営リスクに対し適切に対応し、経営リスク発生時の損失を最小化するために、リスクマネジメント体制を構築し、運営しています。当社グループが留意すべき気候変動に関するリスク・機会については、「リスクマネジメント規定」に基づいて、一義的には各事業においてリスクの把握・分析と評価を実施しています。各事業の責任者が、リスクの優先順位を決め、事業へのインパクトの大きさと将来のシナリオを想定します。その情報を経営戦略センターで総合・マッピングし、経営戦略会議や取締役会で審議しています。
リスクマネジメント体制

リスクと機会は発生確率および影響度を軸に5段階で評価を行い、その積が一定以上となる項目を重要リスクとして識別しています。

当社グループでは、リスクが与えうる経済的な影響などを加味し、それぞれのリスクを回避・軽減・移転・保有の4種のいずれかに分類して対応を図っています。
リスク分析ステップ

当社グループが当社連結業績に重要な影響を与える可能性があると認識しているリスクと機会の内容およびその対応については、「リスクマネジメント」ページに掲載していますのでご覧ください。
指標と目標
日清紡グループでは、気候変動関連の事業機会の取り込みとリスクの低減を目指しています。気候関連リスクを低減するため、2050年までのカーボンニュートラルを目指し、省エネルギー活動やPFC(パーフルオロカーボン)※ 排出量の削減などの気候変動対策を積極的に推進しています。
※ PFC(パーフルオロカーボン)︓半導体製造工程におけるドライエッチングなどで使用されるフッ素系温室効果ガス

当社グループの事業活動と環境負荷については、「マテリアルバランス」ページに掲載していますのでご覧ください。