日清紡グループのDXへの取組み

デジタルビジネス推進室長
木下 裕司

デジタルはあくまで手段
お客様の課題に共感することで、新規ビジネスの創出につなげる

日清紡グループにおけるDXの考え方について聞かせてください。

DX と聞くと、デジタル化を通じて業務の効率化や生産性の向上といった、社内向けの取り組みを連想される方もいますが、日清紡グループにおいては、そうしたデジタル活用はグループ各社が個々に取り組んでいます。

社内に向けてではなく、デジタルを使って全く新しいサービスや価値を社会に創出していくために新設されたのが、私たちのデジタルビジネス推進室です。日本無線(株)や日清紡マイクロデバイス(株)などのグループ各社には、さまざまな業界で使われる多様なデジタル技術があります。デジタルビジネス推進室では、これらデジタル技術をグループ横断的に集約し、社会課題を解決するデジタルサービス事業を新規に立ち上げ、企画の立案からマーケティング、そして顧客への提案、そして販売までを行っています。

2020年の推進室発足前にももちろん、グループ各社が持つ技術やデータを持ち寄って、何らかのシナジー効果を発現できないかという取り組みはありました。しかし、現行事業の枠の中で行う取り組みは、事業に紐づいているがゆえに、自分たちの事業であるモノづくりに偏ってしまい、サービス事業を生み出すことに壁がありました。

私たちにとってDXとは、全く新しいサービスや価値を、デジタルを使って生み出すことです。IoTやAIなどのデジタル技術は、サービスや価値を具現化するための手段と位置付けています。

デジタルビジネス推進室の概要について教えてください。

デジタルビジネス推進室は経営戦略センター長直下の組織です。新しいものを生み出すには、現行事業から離れた組織であることにとても意味があります。また、いわゆる「シナジー効果」も、グループの技術を集約しただけで生まれるような、そんな魔法のようなことは起きません。具体的にターゲットを絞り、何を生み出すべきかを考えないといけません。大事なことは目的であり、何を達成するかをしっかり掲げ、そのためにどういう技術を生かせるのかという視点で、テーマを数個に絞って取り組みを進めています。

テーマの中には、マリンやドローン、防災やヘルスケア、5G関連が含まれています。2020年にデジタルビジネス推進室が新設されてからの3年間、様々なテーマでビジネス化に向けた実証実験を繰り返してきました。そこで得られた気づきや知見をもとに、テーマの見直しを行っています。私は2023年1月に室長に就任しましたが、これまでの取り組みから得られた知見を活かして、そしてもう少し広い視点で考え直しながら、新たな価値の創出に取り組んでいます。

デジタルビジネス推進室の陣容は現状11名で、私自身も含めスタッフの多くが技術系です。新規ビジネスを起こす上で、新しい技術を活用することや新しい事業の企画を考えること以上に重要なことは、自ら営業する力です。お客様の前面に立って、そのお困りごとを見出し、お客様に関心を持っていただけるような解決ソリューションを提案するところまでしないと、デジタルビジネスは進みません。私自身もとにかくお客様の現場に足しげく通っていますが、そこでお客様の業務全体を見ることで、どこにどういう課題があり、どの部分をデジタルビジネスで効率化すればお客様に喜ばれるのかを考えることができ、それが提案につながります。新たな価値やサービスを生み出すには、お客様の困っていそうな部分に共感することが、第一歩なのです。

デジタルビジネス推進室の具体的な取り組み事例を教えてください。

例えばマリン関連では、2021年3月からスマートフォン用アプリ「JM-Safety(ジェイマリン・セーフティ)」という海の安心見守りサービスを展開しています。これはもともと、海上での衝突や事故を未然に防ぐことを目的に、風向・風速データをリアルタイムで取得しつつ、周囲の船舶の位置情報を表示したり、地震や津波情報を速報でお知らせしたりする、日本無線(株)の「JM-Watcher Ⅱ」を当室で引き取って少しずつ改良を重ねたものです。「JM-WatcherⅡ」は「JM-Safety」にアップグレードし、累計ダウンロード数が3万件を超えるまでに成長しています。また今年4月には、海上作業現場の作業員の安全管理を担う「MariPro」を、海洋土木工事業者の工事監督者向けにリリースするとともに、「JM-Safety」の機能の一つである「落水検知」に特化した「落水検知アプリ」を、マリンレジャーを楽しむすべての人向けにリリースし、どちらも多くの引き合いをいただいています。日本無線(株)のテクノロジーを活用し、BtoBの領域からBtoCの領域へとサービス展開を広げたほか、BtoBの領域においても、大型船舶・商船から中小型船舶へと対象を広げ、中小型船舶の管理を行うアプリケーションを開発するなど、「海の安全」の世界では当社グループの認知が大きく広がってきています。こうした新たな事業では、企画と開発のハンドリングを当室で行い、開発そのものは日本無線(株)やJRCエンジニアリング(株)に任せたうえで、運用や営業・販売は当室が行っています。

日清紡グループにおけるデジタル人財の育成・確保はどのようにしていきますか。

デジタル人財の育成については、グループ各社がそれぞれ行っていますが、各社の人財研修の場に、私たちが講師という立場で入ることで協力しています。例えば「DXとは何か」とか「DXはなぜ必要なのか」と問いかけ、時には技術の話も交えながら、どのような新しい視点が価値を生み出すのか、その実例を示すことで、一人ひとりが考える土壌を醸成しています。

当室では、デジタルについて学ぶ以上に、新規ビジネスの創出がカギとなりますから、スタートアップ企業に人財を出向させるなどの学びの場も設けています。冒頭にも申し上げましたが、DXやデジタルは、私たちにしてみたら手段でしかありません。ビジネスをどうやって起こしていくのか、どういう仕組みで起こっていくのかを、変化の激しい社会の中で、その時代に合った形で創出していける人財をグループ内にどんどん増やしていきたいと思います。

デジタルビジネス推進室の今後の展望を聞かせてください。

デジタルビジネス推進室から出てきたアイデアや事業が、各グループ会社の次代の事業の一歩となるような、そうした新ビジネスを何としてもつくり上げたいと思っています。

そのためにまずは、現行事業に左右されない当室ならではの新たなデジタルビジネスを起こすことを実践し、それをグループ会社に示していかなければいけません。そしてその先、ある程度の事業規模に育成し、その後も大きな商材へと成長が期待できそうであれば、そのビジネスをグループ内の事業会社に戻していくことも検討します。

過去3年間、新しいデジタルビジネスを生み出すために、外へと目を向けてきました。そこで養った目で、改めてグループ内を見てみると、実は社内では当たり前だったデジタルの活用法やデジタルデータが新たな価値へと転換できる可能性を秘めていることにも気づきます。社内で蓄積されるだけだったノウハウや知識を、コア技術が社外に流出しない形で、あるいは敢えてコア技術もオープンにして他社とシナジー効果を発現させる形で、世の中にイノベーションを起こしていく、そのような取り組みに今後も果敢に挑戦し続けます。