マイクロデバイス事業の成長戦略

日清紡ホールディングス株式会社
取締役 常務執行役員
日清紡マイクロデバイス株式会社
取締役会長
田路 悟

3つの〝シンカ″で存在感を高め、アナログソリューションプロバイダーを目指す

新会社発足1年を経て:統合後の進捗

2022年1月に日清紡マイクロデバイス株式会社が発足してから1年が経ちました。
昨年の統合報告書でも、統合プロセスを円滑に進めたいと述べていましたが、その後の進捗はいかがですか。

開発、生産、営業など、さまざまな分野での統合が進み、シナジー効果も生まれてきつつあります。開発では、旧・新日本無線(株)と旧・リコー電子デバイス(株)の持っていた異なる開発フローや仕組みからそれぞれの良いところを取り入れて新たな開発フローを構築し、開発効率や設計品質の向上を実現しながら、すでに量産ステージに至った製品も出てきています。生産面では、統合によって前工程で3カ所、後工程で2カ所と、生産工場が増えましたが、相互に優れた点を吸収し各工場での改善につなげる社内プロジェクトが進み、生産性や生産品質が高まってきています。営業においても、もともと2社には、個々の製品、顧客等の重複がほとんどありませんでしたから、海外顧客を含め、クロスセルが進んでいます。

もちろん、人事制度やシステムなど、完全な統合に向けてはもう少し時間がかかります。しかし統合前の準備期間から相互に理解を深めてきたことで、仕事の考え方、進め方などのマインドは共有されており、それが順調な統合プロセスにつながっていると評価しています。

事業環境が速いスピードで変化し続ける中、企業も人も変化し続けることが重要です。統合は、双方の持つ良い点や課題を明確にし、大きな変化を遂げるチャンスだと捉えています。

半導体市場でのポジション

半導体市場における現在のポジションと今後の展望について聞かせてください。

半導体業界の中でも、IoT 機器などに幅広く使われる「アナログ半導体」は、売上規模が5,000億円を超える欧米企業2~3社を筆頭に、2,000億円規模、1,000億円前後の規模の企業が20社以上ひしめく裾野の広い業界です。2025年に売上目標1,000億円を掲げる当社は、日本企業の中では3位の座にありますが、高いシェアを誇る製品群を数多く保有していることを強みに、今後さらに存在感を高めていきたいと思います。

当社が強い製品には、オペアンプ、コンパレータ、電源制御、リチウムイオン電池の保護ICなどがあります。例えば、電気自動車(EV)やスマートフォンなどに使われるリチウムイオン電池には、過充電や過放電による発熱・発火を防止する保護ICが欠かせません。当社はそのモバイル用リチウムイオン電池の保護ICで2割強のシェアを有しています。

半導体以外でも、マイクロ波関連製品では当社は日本のリーディングカンパニーです。例えば船舶搭載用レーダーの主要コンポーネントであるマグネトロンでは世界シェア80%と、圧倒的なポジションにあります。こうした競争力のある製品をさらに増やし、船舶に限らず、衛星通信や高感度人感センサーなどにも展開するなどして事業領域を拡大していきます。

また、日本無線(株)や日清紡ケミカル(株)、日清紡ブレーキ(株)など、日清紡グループ内の半導体ユーザーから製品フィードバックや業界動向を得たり、各業界とのネットワークを活用できたりする点は当社の大きなアドバンテージです。特に日本では、サポート体制を重視する顧客が多く、当社が国内で培ったサポート力は、海外競合との大きな差異化要素となっています。

強み:アナログ技術について

アナログ技術における当社の強みを教えてください。

アナログ半導体は、音や光、温度、人の心拍などの、連続し且つ数値化されていない物理的な情報(アナログ信号)を増幅したり、コンピューターで処理できるデジタル信号に変換したり、逆にデジタル信号をアナログ信号に変換したりする半導体の総称です。なかでも当社が特に得意としているのが、市場の拡大するセンサー製品群を含む信号処理系ICと、低消費化等の要求が高まる電源制御系ICです。

統合によって、当社は、現実世界(フィジカル空間)でセンサー がアナログのデータを吸い上げ、そのデータをコンピューター で処理できるようデジタルのデータに変換し、コンピューター で処理されたデータをフィジカル空間に、アナログのデータとしてフィードバックするまでの流れを一貫してカバーできるようになりました。これは技術的に大きな強みです。加えて、アナログソリューションを提供する上で、2社の統合だけでは埋めきれなかった最後の1ピースである、デジタル・シグナル・プロセッシング(DSP)と呼ばれるデジタル処理機能が、昨年2月にディー・クルー・テクノロジーズ(株)がグループ会社に加わったことによって補完されました。ソリューション提供に不可欠なミックスドシグナルLSI等のDSP開発に強みを持ち、モジュール基板設計からソフトウェア開発まで一貫した開発体制が整っている同社を取り込んだことで、今まで単機能デバイスを得意としてきた当社が、アナログソリューションプロバイダーとして、ビジネスチャンスを大きく広げられるようになりました。

統合の意義「つなげる」を電子デバイスで実現
複数の機能を組み合わせた代表的な アナログソリューションを教えてください。

例えば、昨年1月には、車載CMOS イメージセンサー向け複合電源ICを発表しました。これは、CMOSイメージセンサーの高性能化に伴って周りの部品から発生しやすくなるノイズを抑制する機能を特長の一つとしており、従来からの低消費電力技術に加え、低ノイズ技術も組み合わせた製品ソリューションになります。

昨年5月には、高精度な位置情報を必要とする機器向けに、幅広い周波数に対応した広帯域ローノイズアンプ(LNA)を発表しました。従来に比べ、GPS 等での測位精度を一桁以上向上させる製品ラインナップが拡充し、当社製品の活躍の場が、通信業界をはじめ、さらに広がっていくと期待しています。

コロナ禍で、感染症対策に貢献する技術として多くの引き合いをいただいたアナログソリューションに、エレベーターや自動販売機などを触れずに操作できるタッチレスセンサーがあります。光学式センサーに使われるオプト技術によって、ゴム手袋を着用していても操作できることから、歯科医からも引き合いをいただくなど、幅広い用途での活用が期待できます。

また、MEMS技術を活用したソリューションとして、超小型マイクロフォン用デバイスを開発し、ノートPCやスマートフォン、スマートスピーカー向けの新たな音のセンサーとして出荷されています。小型マイクロ波センサーも、便座の開閉用に使う人感センサーや、睡眠中の無呼吸を感知してアラームを出す高精度センサーなどとして、幅広い業界・用途へとソリューションが広がりを見せています。そうした中で昨年は、子会社の日清紡マイクロデバイスAT(株)内に、センサーやICを組み合わせてモジュール化する実装ラインを導入し、小型モジュールの量産対応も強化しました。

2025年目標を踏まえた成長戦略

2025年には売上高1,000億円、営業利益率10%以上という目標を掲げています。
この達成に向けた成長戦略を聞かせてください。

2021年にこの目標を公表した当時と今とでは、為替をはじめ、前提条件の変化も見られますが、まずは、区切りの良い数値を最初の通過点として目標に掲げることで、アナログ半導体業界においてグローバル上位20社入りを果たすとともに、日本企業としても3位からさらに上位へと、存在感を高めたいとの思いがあります。この目標の達成度合いはかなり高まってきたという手ごたえを感じています。

成長戦略は、3つの「SINKA」をキーワードに推し進めています。一つは、今ある強みをさらに押し出して深掘りを進める「深化」。もう一つは、強みを組み合わせて新たなものを生み出す「進化」です。この2つで、2025年目標の早期達成を目指します。そのうえで、アナログソリューションプロバイダーになるという3つめの「新化」を通じて、さらなる成長を図ります。

「深化」のためには、自社の生産ラインに加え、ファウンドリ(前工程に特化した企業)やOSAT(後工程および検査工程に特化した企業)などの外部パートナーも活用し、生産能力の拡大を図ります。そして強みを組み合わせる「進化」によって、お客様への提供価値を高め、それを売上・利益率の拡大へとつなげます。さらに「新化」を果たすには、強みであるアナログ技術だけでなく、デジタル技術やプロセッサ技術、そしてそれらを動かすソフトウェア技術も必要になります。またお客様から寄せられる声やお困りごとにより深く耳を傾け、解決に導くソリューションマインドも強めなければなりません。当社に求められるスキルや乗り越えるべき課題は多々ありますが、その中でも特に優先して強化すべきはセンシング技術とデジタルを含めた信号処理技術です。ディー・クルー・テクノロジーズ(株)の知見も取り込みながら、モジュール技術やソフトウェア技術、ユースシーンの想像力など、ハードに加えてソフトの面でも強化を図ります。

3つのSINKA

研究開発について

新製品・サービス開発に向けた研究開発の方針について聞かせてください。

3つの「SINKA」を進めるためには研究開発体制の強化も欠かせません。従来の研究開発に加え、社外の教育機関やベンチャー企業などとの対話も深めながら、新しい研究開発の進め方にも積極的に挑戦したいと思っています。2023年1月には、0.18ミクロンのデバイスプロセスの開発が完了し、微細化ラインでの量産に向けた体制が整いました。研究開発の強化を新たな製品の創出へとつなげていきます。

人財育成について

人財育成に関する方針や具体的な取り組みについて聞かせてください。

当社は、技術オリエンテッドな会社ですから、研究開発に代表される、いわゆる技術や専門スキルを有する人材育成を強化しています。例えば、事業戦略の一つであるアナログソリューションプロバイダーに向けた技術開発としてAI技術の導入を検討しておりますが、これは技術開発力向上のみならず社内DX 推進も目的に含めており、技術開発の観点からはソリューション製品へのAI実装や新規事業開発のツールとして、また、社内DX推進の観点からはAI導入による技術水準や生産性の向上を期待しています。そのためAI人材の育成については、開発者はもとよりそれ以外の様々な職種のメンバーも参加できる教育プログラムを取り込んでおります。

さらに、開発職だけでなく、営業やマーケティング、品質保証や人事などの管理系の人材にも、各領域で求められる専門スキルの研鑽に挑戦しやすくなるよう、当社の人事制度にはジェネラリスト向けのプロモーションコースと並列する形で専門職コースを設置しました。加えて、昨年スタートした新規事業創出に向けた“人財育成プログラム”も今後さらに内容を拡充していきます。新人や幹部候補生向けの人材教育だけでなく、最も成長を期待する中堅層に対して、教育機会を厚く提供することで、一人ひとりが気づきやモチベーションを得られ、それが個の成長、そして組織の発展につながるような教育体系やプログラムの構築を進めています。

環境・エネルギー分野の貢献

「環境・エネルギーカンパニー」グループの一員として、どのように貢献していきますか。

当社の得意とする「低消費電力」「高効率」技術は、当社製品の謳い文句でもあり、ほぼすべての当社製品が、エネルギー効率の向上や環境負荷の低減に貢献しています。今後も継続してこのコンセプトの強化を図ることで、製品を通じて地球環境の改善に寄与します。

企業活動においては、日清紡グループで掲げる2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、昨年からTCFD対応に向けたプロジェクトに参画してきました。当社発足初年度の2022年はタイの生産工場棟の屋上に約7300m2にわたるソーラーパネルを設置し、同工場の1年間の電力消費量の約8%に相当する発電量を確保しました。今後は同様の取り組みを国内工場にも広げ、グループの掲げる2030年度の中期環境目標実現に向けて、脱炭素化への取り組みを加速していきます。

グループシナジーについて

日清紡グループとしてのグループシナジーが発揮されている点についてお聞かせください。

日清紡グループ内には非常に多岐にわたる企業があります。当社事業とシナジー効果を発揮しやすいのが、日本無線(株)、日清紡ケミカル(株)、日清紡メカトロニクス(株)、日清紡ブレーキ(株)などの、半導体やエレクトロニクスに関わる企業です。

当社は、強みとする「音」の領域では、「MUSES」ブランドの下、高精度なオーディオ機器向け高音質オペアンプなどを手掛けていますが、「音」を軸にさまざまな新規ビジネスの創出にもグループ企業とともに挑戦しています。例えば、トンネルのひび割れやモーターなどの異常を、音でもっと早期に検知できる予兆保全システムができたらよいのではないか。ブレーキパッドの減り具合も音で検知できないか。工場内の不良品も音で検知できるのではないか等、当社のコア技術に対し、グループ会社の持つネットワークや知見からさまざまなアイデアが生まれ、技術の活用領域が拡大しています。

ヘルスケア領域では、上田日本無線(株)と新しい形の聴診器ビジネスの展開も始まりました。赤ちゃんの心音を、泣き声を除去して聴けるようサウンド処理をした「超聴診器」の開発を進めています。また遠隔医療の領域では、AI や無線技術と結びつけ、バイタルセンサーを搭載した聴診器で、心音以外に血圧などの情報も医師が把握できるソリューションなどにも取り組んでいます。ほかにも日清紡テキスタイル(株)とは、工事現場などの騒音下でもクリアに会話が聞こえる、骨伝導を活用した咽喉マイクを新規事業として共同開発しています。

こうした「新化」の軸となるアナログソリューションの実績を、日清紡グループ内企業とのグループシナジーを通じて重ねながら、さらにグループ外の企業とも連携することで、新規事業の創出、グループ全体への貢献へとつなげていきたいと思います。