無線・通信事業の成長戦略

日清紡ホールディングス株式会社
代表取締役 専務執行役員
日本無線株式会社
代表取締役社長
小洗 健

コア技術とソリューション志向で、価値の最大化を図る

3つの強み

まず、日本無線の強みについて聞かせてください。

当社は1915年に設立以来、社名にも冠した無線技術を軸にさまざまな社会課題の解決に貢献してきました。その歴史の中で培われた当社の強みは大きく3つあります。

一つはやはり通信、センシング、データ分析等のコア技術です。祖業は船舶の航行・航海に資する通信機やレーダーですが、無線技術を使うことで離れた場所との通信を可能としただけでなく、肉眼や光では見えないものも電波や超音波などの波を使うことで見える化することで、お客様や社会の課題解決に寄与してきました。無線技術は今もその活用の広がりが期待されており、この領域で長年培われた当社のスキルやノウハウは、大きな強みです。

二つ目の強みは顧客価値の訴求力、つまり、お客様の課題を見出し、それを解決する力です。お客様の課題を技術的な設計で解決するにも、そもそもお客様がどのようなお困りごとを抱えているのかを把握しなければ、その背後に潜む本質的な課題は見えてきません。例えば当社は防災無線システムやダムのコントロールシステムなどの社会インフラシステムを納品してきましたが、設置工事だけでなくメンテナンスも手掛けることで、お客様側のご不便やお困りごとを知ることができ、それを次なる提案機会へと活かしてきました。当社技術をお客様視点で見ることで提案につなげる顧客価値の訴求力は、今後も絶えず強化し続けていきます。

三つ目の強みは、複数の技術を統合するインテグレーションスキルです。一つの技術を磨くだけでは解決できない課題も多い中で、解決に必要となるさまざまな技術を、自社あるいは他社の中から総合的に組み合わせることで、課題解決手段が整い、大きな力を発揮しています。

長年培ってきたコア技術でのノウハウとは、 どのようなものですか。

人間の行動範囲を広げるための通信手段やセンシング手段として電波や光が使われます。しかしその通り道に電波や光を遮る障害物があると、遮断された場所をどのようにエリアとして補っていけるかが技術上とても重要なポイントになります。補うためにさまざまな手段が考えられますが、重要度や安定性、さらにはコストなどを総合的に勘案して最適な解決策を提供できるかどうかは、難しいノウハウの一つです。

また電波や光は直進性があるため、地球の反対側には届きません。通り道に遮るものがなくても、電離層や衛星を活用して電波を反射させながら必要なエリアに届けていく必要があります。そうした技術そのものに加え、エリアをどのようにカバーしていくかもノウハウです。例えば、携帯電話は基地局を数多く設置することで面的にエリアをカバーしますが、それでもエリアの穴ができてしまいます。その時に、不必要にコストをかけて基地局を追加するのではなく、アンテナの指向性を少し傾けてエリアの穴をカバーすることもできます。当社には、無線技術と、無線技術による不都合な側面を解決して総合的にサービスを提供するノウハウが蓄積されています。

通信は、送り手の持つ情報を受け手に伝えることが目的ですが、センシングは、自ら電波を発して周囲からの反射を分析することで状況を把握するものです。センシングの活用ニーズは非常に幅広く存在し、海では船舶の安全航行、陸では自動車の自動運転走行、さらに空では当社が日本で初めて提供した気象レーダーなど、当社は、センシングを使って何をどのように見るかという視点でその活用可能性を広げてきました。ヘルスケア領域では、超音波を使ったセンシング技術で、体内臓器の状況を把握する超音波診断装置を当社子会社が提供しています。特に、船舶に搭載する航海機器は、揺れ、振動、気象現象、温度など非常に劣悪な環境条件下で用いられ、加えてコストを適切に抑えることも求められますから、相当なノウハウが必要です。航海をする上で直接必要ではない海の波の情報はセンシングの対象から除いたり逆に波浪情報のみを危険回避のために抽出したり、最近では自動航行にも対応したりと、この分野で当社が蓄積してきたノウハウには、傑出した競争優位性があると自負しています。

機器が収集したデータを分析し、事象の意味することを価値へと創造するデータ分析を行うことで、IoTがDXにもつながっています。

成長戦略

これら強みを活用し、どのように成長していくのか、成長戦略を聞かせてください。

当社の成長戦略の基本は、すべての事業をソリューション志向で進めていくことです。換言すれば、私たちの製品・サービスを、お客様のお困り事や社会課題を解決する手段として使っていくということ。部品や材料も、どのように使われるか次第で、課題解決のソリューションになります。

社会ソリューションや海洋ソリューションは、すでに当社の収益基盤として一定の事業規模を確立していますが、今後の成長を牽引するのは産業ソリューションやメディカル・ヘルスケアソリューションです。

特に産業領域は、市場成長性は見えるものの変化スピードも速く参入プレーヤーも多いため、変化スピードに対応しながら優位性をいかに発揮していけるかがカギとなります。例えば水産業や林業、農業などの一次産業であれば、ドローンを含めた空・陸・海から見ることで新しいソリューションの創出機会もあるでしょうし、製造業などの二次産業では工場におけるIoT システムなど、工夫次第でさまざまな事業機会が広がっています。コア技術、顧客価値の訴求力、インテグレーションスキルに代表される当社の強みを存分に発揮し、お客様がこれまで気にされていなかった領域にも、お客様視点で目を向けて課題を見出し、作業の定量化や無駄の排除などに資するソリューションを提供していきたいと思います。ソリューションを展開するにあたっては、当社の強みを引き続き強化することはもちろんですが、当社として補強が必要な領域は、すべてを自前で行うことにこだわらず、いろいろな形態のコラボレーションを模索しながら、最終的にお客様が必要とする形へとつなげていきます。

2022年10月、国産産業用ドローンメーカー、エアロセンス株式会社と資本業務提携。広域の測量や施設点検、災害時の状況監視などのシステム構築及び情報提供サービス創出を図る。

一方、社会ソリューションの領域では、人の働き方や社会そのものが、サステナビリティを軸に大きく変化しており、GX やDX への投資が行われていきますのでそこに対しての効果的な社会インフラシステムの提供に力を入れていきます。またグローバル市場での展開については、当社が国内で4割のシェアを有するダムのコントロールシステムなどを、東南アジアなどの未整備な市場に展開するポテンシャルは大きいと感じます。これまでODA などの開発援助スキームを伴う形で提供した実績はありますが、各国の自助努力での導入・運用を視野に入れると、コストの低減が課題です。加えて、社会インフラシステムが、災害時だけでなく平時にも多用途で活用できる効果を訴求できれば、それは大きな需要へとつながると思いますので、工夫しながら検討していきたいと思います。

収益性の向上について

収益性の向上はどのように推し進めていきますか。

現状の当社の収益性について満足できる水準かと問われれば、ノーと答えざるを得ません。外部環境の影響を受けやすいことも大きな理由の一つです。

例えば自治体向けの防災システムなどは、災害が過ぎて暫く経つと防災・減災投資が減退する傾向にあります。人口減を背景に社会インフラ全体が増える局面にはない中で、整備・更新需要を着実に取り込み続けることが重要ですが、一品一葉の官公庁向けビジネスは、収益性を量産で補うことはできません。システム事業でコストを低減するには、業務システム全体の効率化など、事業の営み方にメスを入れていく必要があり、新たな基幹システムも導入しました。本運用に至る前段階の、部品・装置の設置工事やトライアルプロセスで発生するコストを可視化し、そこでの効率化を図ることで収益性の向上につなげていきます。

また昨今はソフトウェア技術の進化もあって、個別最適でとらえられがちだったシステムも、汎用的な部分をハードで賄いながらソフトウェアでカスタマイズを進めることが可能になってきています。将来的には、システムを販売するだけでなく、システムを運用した分の対価を継続課金していくサブスクリプション型ビジネスも検討します。そして、「モノ」から「コト」へとビジネス変革を推し進めることで、収益力そのものを強化していきます。

成長投資、研究開発

成長投資や研究開発に対する考え方はいかがですか。

成長戦略の中核となるソリューションビジネスを提供していく上では、5G関連の投資に加え、AIなどのデジタルデータを活用する技術が必要不可欠です。こうした通信の新しい技術とデータ分析基盤は当社の成長に必要不可欠との考えの下、投資を行っていきます。

研究開発に関しては、センサーフュージョンに代表されるように、特にレーダーを中心とした複合的なセンシング技術によって、これまで実現できなかったことが実現できるようになる領域が多く、カスタマイズの取り組みも含め、継続的に研究を進めます。

通信に関しては、通信というのは相互に接続できる必要性があるために、標準化が先行し、カスタマイズの余地は難しい領域です。しかし、標準化されたものをそのまま使用するのではなく、その外側に少しの工夫を施すことで価値を高められる領域もあります。例えば、携帯電話の基地局は、周囲のスマートフォンに対してサービスを提供しますが、スマートフォンのデータを伝送するには光ケーブルかサービス周波数とは周波帯が異なる別の無線機を据え付けて中継する必要があります。しかし、すべての基地局に無線機を敷設するとなると、莫大なコストがかかります。そのような中、当社には小さなプライベート網の中で同一の周波数帯を中継用と末端サービス用に分けてエリア展開をしていく技術ソリューションがあり、小さな基地局向けにこうした工夫を施して展開することも視野に入れながら応用の範囲を広げています。また将来的に、5Gがさらに6Gへと進化すると、テラヘルツと呼ばれる今より高い周波数が登場し、また電気ではなくそのまま光を通す回路も出てきます。光の応用技術やまだ実用化されていないテラヘルツ周波数の技術など、通信の新しいテクノロジーは進化の激しい領域ですが、必要不可欠な領域として今後の動向を注視していきます。

人材について

成長戦略を推し進める人財についての考え方を聞かせてください。

ソリューション志向で課題を見つけ出し解決を図るビジネスを拡大していくためには、100有余年の「モノづくり」の歴史の中で組織に染みついた文化からの脱却も必要です。組織カルチャーを変えるためにも、ソリューション志向でビジネスを進められる人財の育成は、グループ全体の成長戦略を考える上でも重要なテーマです。

当社は企業風土として課題解決への意識はとても高いのですが、どうしても強い技術を前提に課題解決を図ろうとする傾向があり、その分、技術によらない手段に対する視点が限定的です。広い視点でより大きなものを創るには、そこが課題です。

人財育成を考える上では、エキスパートの養成も重要ですが、当社内での異動だけでは視野の広がりに限界があるため、日清紡グループ全体が目指す方向性の中で自分の役割を常に意識できるようなキャリア育成的な教育の継続的な実施が、組織カルチャー変革の第一歩ではないかと思います。私も社員との対話の中では、今のままでよいと思わずカルチャーを変革するよう促しています。

環境・エネルギー分野の貢献

日清紡グループ全体では『「環境・エネルギーカンパニー」グループとして、超スマート社会を実現する』ことを事業方針に掲げています。日本無線では、「環境・エネルギーカンパニー」としてどのような取り組みを進めていますか。

当社は、「環境・エネルギーカンパニー」として二つの側面から事業を通じて貢献できると考えます。一つは、気候変動によって自然災害が激甚化する中で、防災・減災に資する取り組みを事業として展開していること。もう一つは、当社のセンシング技術やIoTを活用して大型商船などと協業することで、船舶の航行時のCO2排出量削減に貢献できることです。船舶の場合、最短・最速ルートが最適な燃費につながるわけではありませんので、燃費効率性も考慮した最適航路を選ぶ当社の海洋ソリューションが、排出量削減に寄与するところは大きいと考えます。

グループシナジーについて

最後に、日清紡グループ内でのグループシナジーについて、思いを聞かせてください。

無線・通信とマイクロデバイスはどちらもエレクトロニクスです。半導体チップやセンサーなどのデバイスという機能性を一つの小枠に閉じ込めることでより大きな効果を創出するケースもあるため、かれこれ30~40年前から協力体制を構築してきました。また当社が必要とする部品や材料については、グループ内にケミカル事業があることで、機能性や性能をその素材から考え直せることが大きな強みとなっています。

グループシナジーを発揮するための第一歩は、グループ全体として保有する技術やノウハウを課題の解決手段として常に意識することです。そのためにもグループ全体の方向性を意識しながら、自身の役割を果たせる人財の育成に注力し、当社、そして日清紡グループ全体の価値の創出へとつなげていきたいと思います。