社外取締役メッセージ

リチャード・ダイク
社外取締役
リチャード・ダイク

生産性向上などの課題を克服し資本市場からの評価へとつなげたい

日清紡と企業ガバナンスの変遷

私と日清紡グループとの関わりは、以前、半導体関連企業に約20年勤務していた際に、重要な顧客であった新日本無線(株)(現 日清紡マイクロデバイス(株))を頻繁に訪問していたことに始まります。一方で、日清紡ホールディングス傘下にさまざまな事業があることや、それぞれの事業内容については深くは理解できていませんでした。そこで、2023年3月の社外取締役就任に先立ち、私は古書店で買い求めた日清紡の社史「日清紡績六十年史」(1969年刊)を熟読しました。120年近い日清紡グループの歴史の中でも、特に明治40(1907)年の創業前後の様子を日本の産業構造全体を俯瞰して細かく記録した本書は大変興味深く、日本経済の発展の歴史の中で日清紡が果たしてきた役割や、戦前戦後の混乱期に当社を紡績業界屈指の優良企業に育て上げた故・宮島清次郎氏の経営手腕には大きな感銘を受けました。

同時に改めて確認したのが、日本経済の進展に合わせて変遷してきた企業ガバナンスの在り方です。当社の株主構成も、創業当時は、そのほとんどが個人株主すなわち資本家でした。前述の宮島氏は、川越や浜松、中国・青島での工場設立など、内部留保を成長投資に振り向ける経営を推し進めます。そして戦後の統制経済の中で、企業の資金調達手段の中心は借入金だったことから、日清紡も他の日本企業同様に、金融機関から執行側の役員を受け入れ、主要株主欄にも銀行を主体とする法人株主が名を連ねるようになりました。その時代、銀行が企業に求めるのはローンの返済能力であって、経営の意識としても株主資本コストや資本収益性といった株式市場を重視する姿勢は今ほど強くはありませんでした。

企業のガバナンスが大きく変化するのは2000年以降のこの20年間です。人口減少トレンドの中で国内市場より成長期待の大きい海外市場へと、グローバル化を進めた日本企業も増え、それに伴い外国人株主比率も上昇していきました。株式市場をより意識した経営へと進化し、株主構成もこれだけ変化している中で、取締役の役割や果たす責務も変わってきています。

社外取締役/取締役会の責務

社外取締役の役割の一つは、少数株主から経営を付託された者として、会社が株主に示す決算報告の透明性を高め、執行側の業務をしっかりと監視・監督することにあります。取締役就任に伴い、まず私は持株会を通じて当社株式を取得しました。

日本と米国では企業の取締役会運営そのものにも大きな違いがあります。日本企業の多くは毎月1回、数時間かけて取締役会を開催するのに対し、米国では四半期決算報告のタイミングに合わせて、四半期に1度、2~3日間かけて役員会を開催する企業が一般的です。監査委員会も、公認会計士資格を有する委員長の下で、ほぼ丸一日使って決算の中身を細かく監査し、弁護士、外部監査法人も同席する場で監査報告を行います。これら役員会の直後に、決算内容を対外発表します。日米どちらの運営方法にせよ、大切なのはインサイダーとアウトサイダーの間にある重要な情報格差を最小化し、会社が株主に対しアームズ・レングスで対等なバランス関係を保てるようにする。これが取締役会の一つの責務だと私は思います。

日清紡ホールディングスの評価と課題

当社の取締役会の構成は、社外取締役については、それぞれのスキルやジェンダーの多様性という視点からもバランスの取れた良いメンバーが揃っていると感じます。一方で社内取締役、執行役員については現状、男性のみです。明治・大正時代の日清紡績の工場は、管理職は男性でしたが生産現場を支えてきたのはウーマンパワーです。女性の能力が存分に発揮できる企業へと変革スピードを速め、女性役員・管理職の登用をさらに進めることが重要です。

もう一つの課題は、PBR の改善です。当社に限らず、プライム市場の上場企業の約半数は、PBRが1倍を割れています。米国のS&P500採用銘柄でPBRが1倍を割れている企業は5%程度です。バブル崩壊の影響を受けた日本では、その経験から有事に対する備えを重視し、資産効率よりも財務安全性を考慮しているのかもしれません。原因は企業によってさまざま異なるとは思いますが、当社においては利益率も比較的低く、中期経営計画を公表後の株価の動きを見ても高い評価を得られたとは言い難く、低PBRからの脱却は当面の課題です。PBRの「B」は、在庫や製造設備などの固定資産、運転資本などを指しますが、これら「B」の生産性を向上することで、株式市場からの評価をより一層高められると考えます。

事業管理の知識やノウハウのある人財を拡充し、組織における多様性を拡充させながら、官需だけでなく民需への対応も強化し、グローバルスタンダードで強みを磨いていく。これまで時代の変化に合わせて柔軟に対応してきた日清紡グループだからこそ、こうした取り組みを通じて、世界で戦える企業へと変革できるポテンシャルは大きいと考えています。

ガバナンスの高度化に向けた課題

当社はコロナ禍以降、取締役会も原則オンライン開催となっていますが、社外取締役が定期的に対面で議論する場を設けています。私は就任して1年ですが、すでに良好なチームワークができており、PBRの改善などをテーマに様々な角度からディスカッションをしています。

日本企業は株主構成が米国企業に近づいてきたのと同様に、経営の執行と監督の分離が進み、指名委員会や報酬委員会などを機関設計に組み込むなど、ガバナンス体制も米国企業と似てきたと思います。今後の課題は、指名委員会の在り方です。米国ではCEOの再任や、次期CEOの指名は社外役員が行います。当社においても、次期経営者候補の選定やサクセッションプランの作成は、私たち社外取締役の重要な任務の一つと捉えており、さらなる検討を進めていきたいと思います。

企業価値向上に向けて

2023年度は、日清紡グループに新たに(株)日立国際電気が加わりました。5Gやレーダーなどの領域では、日本無線(株)に加え(株)日立国際電気も競争優位性の高い技術の種を保有しており、この種をしっかりと経済的価値に結び付けていくことが、企業価値の向上という視点でも重要だと考えます。また、成長市場である半導体業界において、当社のマイクロデバイス事業は、同レベルの規模の海外企業に比べて利益水準が低い点を課題と認識しています。マーケティングや競争力の点でグローバルレベルで戦っていくためには投資が必要であり、粗利が低い要因についても生産性の問題なのか、売値が低すぎるのかなど分析を進め、利益率向上に向けた改善施策を講じねばなりません。

取締役会においても、利益率の改善や生産性の向上は、常に議論の中心にあります。中期経営計画も策定段階から携わりましたが、在庫管理や生産性向上の視点でDXを活用することで、打てる手は多々あるように思います。当社の企業価値向上に向けて、課題を中心にお話ししましたが、課題はさらなる成長のチャンスでもあります。

IR チームをはじめ、私たち経営陣も、資本市場とのコミュニケーションを活性化してしっかりと成長ストーリーを伝え、企業価値の向上につなげていきたいと思います。