トップメッセージ

キャッシュ・フロー創出にこだわり、事業活動を通じて社会に貢献していきます。

環境を軸に、超スマート社会の実現を目指す

日清紡グループは企業理念を「挑戦と変革。地球と人びとの未来を創る。」としています。この企業理念から導かれる事業方針に、「『環境・エネルギーカンパニー』グループとして、超スマート社会を実現する」ことを掲げています。当社グループ内にはさまざまなセグメントがありますが、すべての事業のベクトルを「環境」に合わせ、環境を軸として超スマート社会の実現を目指し、事業活動を行うことが私たちの根幹です。そして、そのために深掘りする「戦略的事業領域」として、4年前に「モビリティ」「インフラストラクチャー&セーフティー」「ライフ&ヘルスケア」の3つを打ち出しました。

「モビリティ」に関しては、敢えて当社事業が当時から関わりの深かった自動車に限定せず、船や航空機、さらには人工衛星など、宇宙も見据えた移動体を括る「モビリティ」と表現しました。自動車は自動運転の実証実験も進むなど、大きな市場ですが、自動運転は先行する先進国を他国が追いかける形で進みますから、グローバルな移行にはまだ相当時間がかかると予測します。そのような中で、私たちはセンサーだけでなく、カメラとレーダーのフュージョンで自動運転をサポートします。事故が起きないような自動運転に近づけるには、カメラ単独やレーダー単独では限界があり、カーメーカーとも協力しながら、カメラ用デバイス、レーダー、超音波センサーなどの当社製品を組み合わせたフュージョンを創っていきます。また車の未来は、地面を走るだけにとどまりません。空を飛ぶことも想定し、運搬用ドローンのためのレーダー開発を進め、衝突回避の実証実験も終えました。これはもともと、ドクターヘリの安全飛行のためにドローンがドクターヘリを回避することを目的に開発を始めたものです。今後はドローン同士の衝突回避や、レーダーを活用した地上との交信など、安全運用につながる体制構築を図ります。そして、陸・海・空すべての「モビリティ」領域で事業を展開していきます。

「インフラストラクチャー&セーフティー」では、すでに日本無線(株)のセンシング技術・通信技術を中心に、日清紡マイクロデバイス(株)の提供するIC などとともに、河川の監視システムを通じて自然災害から人命を守る取り組みなどを進めています。しかし私たちにとっては、これはまだ入り口でしかありません。地球環境が悪化の一途を辿っている今、世界各地で気候変動による自然災害が頻発しており、自治体と連携しながら地域住民の安全確保を第一に事業を展開し、最終的には、気候変動を抑え環境改善に資するサービス事業の提供を目標として進めていきます。

直近の課題に対してすぐに成果を出していく「モビリティ」「インフラストラクチャー&セーフティー」とは異なり、10年ぐらいの長期的な時間軸で進めていくのが3つ目の戦略的事業領域「ライフ&ヘルスケア」です。超高齢化社会に突入した日本、そして間もなく高齢化社会へと突入する中国では、遠隔診療が必須になります。そして遠隔診療には有線ではなく無線が必要です。上田日本無線(株)が製造するハンディタイプの超音波診断装置が、今後、スマートフォンや遠隔診療でも利用できるようにしながら、さらに次のステップへと進めていきます。メディカル分野は、レギュレーション上、承認や許認可の取得に時間がかかります。しかし、社内で医療機器と無線・通信技術のコラボレーションが実現できるという私たちの強みを活かして、人の安心・安全を担保できる超スマート社会の実現につなげていきます。

2022年度の振り返りと2023年度の見通し

2022年は依然としてコロナ禍が続く中でウクライナ紛争が発生し、急激な原燃料高をもたらしました。当社グループでは2年前から、原価管理の徹底を通じた価格戦略の強化に取り組み、相当、価格転嫁が進んできた中で、今回の急激なコスト増に直面しました。その影響を特に大きく受けたブレーキの欧州子会社のTMD では積極的に価格転嫁を進めましたが、2022年度という1年間の時間軸ではすべてを価格へと転嫁しきれず、取り組みの効果発現の一部は2023年度にずれこむことになりました。また電子部品の逼迫により、無線・通信を中心に納品が翌期へ繰り越しとなる案件も発生しました。

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そのうえで2023年を見据えると、コロナは収束には向かえど終息はせず、ウクライナ紛争も現在の状況が継続するとの前提で、事業計画を策定しました。為替は1米ドル130円との前提を置いたうえで、業績は売上高5,570億円、営業利益240億円、経常利益270億円、親会社株主に帰属する当期純利益180億円を想定しています(2023年2月10日現在)。

今私たちはVUCA の時代にあると言われます。しかし、私が入社した1980年代も不確実性の時代と言われていました。常に、不確実で動乱・激動の中にあるという点では、今も昔と変わりありません。言葉に煽られることなく、予見可能なリスクへの対処をしっかりと講じ、そして自らをも環境変化の中で変革させながら、事業活動を通じて社会に貢献することを使命に、成長戦略を遂行していくことが大切だと感じます。

当社グループの貢献

M&Aやカーブアウトは常時仕掛かり中

事業変革を経営視点でとらえると、やはり事業ポートフォリオ変革がその中核です。2022年度は大きな進捗がなく、ドラスティックに事業ポートフォリオが変革する様子を示せてはいませんが、M&A やカーブアウトは仕掛かり状態が常に続いています。こうした案件は成約確率が低く、また相手先もあるため時期などの詳細は公表できませんが、シームレスな取り組みを進めています。紙製品事業を譲渡したときも、対象会社で働く社員にとって一番良い条件やタイミングを考えて交渉を進めたため、意思決定から実現まで実に10年かかりました。現在、次年度以降の計画を公表していない理由は、常にこうしたM&A やカーブアウトが仕掛かっているためです。一定規模のM&A とカーブアウトが成就し、事業ポートフォリオ改革に一定のめどが着いた時が、中長期目標を公表するタイミングだと考えています。

一方で、M&A でトップラインが増加するだけでは意味がありません。ROE やROIC は、収益基盤を強化し、資産効率を高めていく上で重要な指標と位置づけています。ROE については、コンスタントに10%を越えていく必要があると思っています。ROE を算定する際の分母・分子ともに変えようとしていますが、基本的には分子の利益を増やしていくことが大事です。PBR を改善していくにあたっても、ここが一番の課題だと認識しています。

私は社内で「正しく儲けろ」と言っています。売上を伸ばして固定費を削減するという発想では、低利益率の事業を多く抱えることにつながりますので、製品ごとに利益率をチェックし、利益率の高い事業へシフトするという取り組みを開始して3年目になります。数字ではっきりとその成果を示すにはもう少し時間がかかりますが、経営者の仕事として常に事業や製品の見直しを行い、利益率の向上に寄与する事業ポートフォリオを組み立てています。足元の業績ではなく、常に5年先や10年先のポートフォリオを見据え、M&A やカーブアウトも交えつつ環境変化に応じた組み替えを行いながら、新規事業の育成にも注力していきます。

DXで利益体質を強化するとともに、新しいビジネスモデルを創出

2022年度は「事業変革による利益体質の強化」をスローガンに掲げて成長戦略を推し進めてきました。事業活動を続ける上で大事なことの第一は安全衛生活動ですが、それに続くのが継続的なカイゼン活動です。リーンな体質へと強化するためには、現場で地道かつ継続的なカイゼン活動を推進することで恒常的に体質を強化するとともに、先に申し上げた方法などで事業自体や事業の仕組みをドラスティックに変えていく必要があります。

また利益体質を着実に強化していくために、これまで進めてきたカイゼン活動におけるデジタルを活用した業務効率の向上を、さらに加速させていきます。一方で、デジタル化イコールDXではありません。ITやデジタル技術を使って何をしていくか、その「X」の中身が重要です。そこで、DXとしては、デジタル技術を使ってソフトコンテンツを高め、サブスクリプション事業を立ち上げていくことを一つの方向性として目指しています。例えば、ドローンの飛行計画を作成するサブスクサービスや、海・陸から収集した情報をデータベース化したJ-Marine Cloudを活用したデジタルビジネスなど、事業化に向けて芽が出始めています。これらはまさに、モノづくりをベースにして発展した事業になりますから、事業自体の変革をもたらすものとして、とても期待しています。

日清紡グループのサステナビリティ経営

私たちは、事業活動を通じて社会に貢献することを使命としていますので、事業自体にこだわりは持っていません。1つの事業にこだわるのではなく、社会環境が変化すれば、それに対してソリューションを提供して貢献すること。それが企業公器の考えに基づいた当社の方針で、SDGsへの貢献にもつながるものです。

今、私たちは、地球環境の改善に資する事業を通じて超スマート社会を実現するという、環境軸で事業を展開しています。加えて昨年には、環境に関連する最重要課題として2050年のカーボンニュートラルを公表しました。その過程として、2030年に2014年度比50%の温室効果ガス削減を目標に掲げていますが、その目標に向けてはすでに35%程度の削減を実現しており、そこにインドネシアでの石炭自家発電の終了や地熱発電への切り替え、工場屋根への太陽光パネルの設置などで40%超の削減が見えてきました。ここに加えて、半導体事業で使用するガスを環境負荷の低いものへと転換を進めることで、2030年の目標達成にはめどがついてきています。

環境の取り組みが進む一方で、今後さらなる加速をしていきたいのがS、すなわち「人」への取り組みです。会社は人・モノ・カネ・データで構成されていますが、モノ・カネ・データは、人に使われて初めて価値を生みます。企業の要は「人」であり、その「人」をいかに大事にするかが肝だと考えます。私たちが環境(E)を主体とした事業を継続するうえでも、企業の存立要件である人(S)が十分担保できなければ事業は継続できません。

日清紡グループには、「事業は人なり」という考えが根底にあり、今でも人を大切にする流れに変わりはありません。また、ここでいう「人」は、社員に限らず、全てのステークホルダーとWin-Winになれるような活動をしていくことが重要だととらえています。それゆえに、「人」についてはすごく熱い会社であり、教育訓練や実力主義重視に注力しています。教育訓練では、階層別の研修の仕組みとは別に選抜型の人材育成も並行して行うほか、一人ひとりには、必須の研修と自主的に学べる研修とを取りそろえて個人のリテラシー向上を促進しています。

一方で、女性の管理職数の増加は一朝一夕には克服できない課題ですが、制度を変え働く仲間の意識を変える取り組みを継続しています。昇格に一定年数を重ねることを必要としてきた従来の制度を変えたほか、複線型かつ乗り換え可能な人事制度に改定しました。また、総合職におけるキャリア採用比率を従来の約2割程度から約5割へと拡大し、ジェンダーや年齢など、多様な人財の流入を促進しています。

「変わることを怖れない」企業風土の醸成

約3年前からダイバーシティ&インクルージョン活動を強化していますが、その取り組みを真に浸透させるためにも私は、「まずは自らが多様な人間の一人であると認めよう」と伝えています。私自身も多様な人間の一人でしかありません。皆がその前提に立つことで、周囲に心理的安全性が生まれ、過度に遠慮することなく闊達な意見の出る組織へとなります。そういう組織はイノベーションが起きやすく、会社の業績にも反映されます。D&Iの考え方が浸透するにつれ、従業員サーベイのスコアも改善がみられています。従業員サーベイのスコアが比較的低いグループ会社には、ハイスコアのグループ会社を見せることで気づきを得られるような取り組みも進めています。「D&Iはイノベーションのスターターであり、DXがその加速装置」。これは私が社員によく伝える言葉です。

もう一つ、変革を進めていくうえで重要なのは、失敗を恐れないことです。「失敗はとがめるものではなくて、許し活かすもの。失敗を許し活かす風土がイノベーションを生む。失敗を許さない風土は不正を生む」。そう伝えることで、変わることを恐れない企業風土の醸成を図っています。

その一方で、法律にもとる行為、そして企業倫理や人の倫理にもとる行為には、温情を差し挟む余地なく厳罰を徹底しています。当社グループは10年以上前に、企業倫理通報制度を設けましたが、大変よく機能しています。

株主還元の基本方針

株主還元に関しては、まずは成長戦略投資を優先させたうえで、連結配当性向30%程度を目安に安定的かつ継続的な配当を実施することを基本方針としています。そしてさらに十分な内部留保を確保した場合、自己株買い等を含めた積極的な株主還元を検討することとしています。

2022年度は第2四半期末、期末とも1株当たり17円の配当を実施し、年間で4円増配の34円となりました。さらに、営業キャッシュ・フローを考慮し、成長投資資金の確保にめどがついたことから、2022年5月には取得株式数と総額の上限をそれぞれ1,200万株、100億円とする自己株式の取得を発表し、11月末を期限に実行しました。2023年度は、設備投資約400億円と研究開発投資約300億円を計画しており、株主の皆様への配当金は年間で2円の増配を予定しています。

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ステークホルダーへのメッセージ

会社の持ち主は株主の皆様ですが、お客様・従業員・お取引先・地域社会などのすべてのステークホルダーを意識しながら事業を行い、価値を上げていくことが大事だと考えます。資本の独占や経営の専断、労働の独裁を排し、それぞれの権限と責任を認め合い、互いに協力して付加価値の総体としての利潤を極大化していくことが、ステークホルダーの皆様の期待に応えていくことになると考えます。今後も、成長戦略の遂行を通じて収益力を高め、企業価値の向上に取り組んでいきますので、引き続きご支援のほどお願い申し上げます。

2023年6月
日清紡ホールディングス株式会社
代表取締役社長
村上雅洋